病院長挨拶
 
 ≫ 因島総合病院長より


    因島総合病院の沿革とご紹介
病院長 河本 紀一    


〜 因島総合病院の沿革 〜

明治44年11月 瀬戸内海で最も風光明媚な因島に日立造船(旧:大阪鉄工所)が明治44年11月に因島工場を開設。
大正6年12月9日 第1次世界大戦の空前の造船景気の時に職員と家族の福利厚生のため、工場西に隣接して病院を創設。
90床余の木造モルタル2階建て、延べ床面積1,920m2の洋館は、県下屈指の病院として威容を誇りました。
昭和18年 太平洋戦争中、直営病院として120床に増床。
地域の要望にこたえ、一般住民の診察も開始。
昭和36年4月 会社直営の病院から日立造船健康保険組合の運営として改組。
昭和36年11月 病院建物を新築。
昭和48年 南棟を増築し203床に増床。
昭和53年1月 因島総合病院として改称。
昭和53年4月 二次救急指定病院に指定。
昭和57年3月 救急棟を増築。
〜 透析医療を開始 〜
昭和63年3月 リハビリ棟改築。
平成5年4月 看護師のため、院内託児所を開設。
平成14年3月 透析センター(30床)を新築。
〜 慢性腎不全の治療にも力を注ぐ 〜


〜 因島総合病院のご紹介 〜

 当院は大正6年創立され、89年の歴史があります。常に多くの先人たちや地域の皆様方に支えられてきました。日立造船健康保険組合の病院ではありますが実際には因島および、愛媛県側の島々に住む市民の病院として親しまれてきました。また岡山大学の関連病院として、幅広く各科の派遣を受け、総合病院として診療をおこなってきました。

 昭和53年から二次救急指定病院として内科系外科系の医師、放射線技師、看護師、薬剤師、検査技師らにより、年中無休、24時間体制で地域の救急体制を支えてきました。救急車による搬入患者は年間800名、救急艇による搬入は年間400名にも上ります。

 当院の姿勢としては救急医療のほかに、患者様を中心とした医療、地域の住民の健康を守り社会的公益をめざす、医療の透明性を保ちチーム医療を行う、地域医療機関、福祉施設と連携し医療情報開示を行うなどがあげられるとおもいます。また患者様との信頼関係を築くため、患者様の視点で人間としての尊厳を守る、インフォームドコンセントを受ける権利、自己決定権、プライバシーを受ける権利、高度の医療を受ける権利を尊重したいとおもいます。また安全管理につとめ、患者様はどう感じどう考えているかに気を配り接遇に努めたいとおもいます。国は730兆円の借金をかかえ、それを次世代へ残すまいと歳出削減を図り、医療費も削っています。我々も安くて効率的で高度の医療をめざし今後も努力したいと考えています。



因島総合病院
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